念願の北海道鉄道技術館をようやく探訪!

今回は相方とかねてから見学したいと話していた北海道鉄道技術館の探訪である。北海道鉄道技術館は札幌市東区において近年再開発が著しい創成川イーストエリアにあるJR北海道苗穂工場の敷地内に建っている。
JR北海道苗穂工場は現役の車両整備工場なので、北海道鉄道技術館の開館日は整備工場が休業する毎月第2・第4土曜日のみとなっている。また冬季は屋外展示物がシートで覆われるため、これまでなかなか訪問のタイミングが合わなかったのだった。
JR苗穂工場の敷地内にある博物館

北海道鉄道技術館はJR北海道苗穂工場の構内に設置された企業資料館である。北海道の厳しい自然環境下で培われた鉄道技術の変遷や、苗穂工場が担ってきた役割と実績を後世へ継承・保存するために、一般社団法人JR北海道文化財団が運営している。
北海道鉄道技術館の展示は屋外(冬季閉鎖)と屋内の二本立てだ。建物は明治43年(1910年)に旧国鉄苗穂工場の第一用品庫として建てられた赤レンガ造りの建築物で、苗穂工場の構内中でも最も古い歴史を持ち「さっぽろふるさと文化百選」にも選ばれている。
苗穂工場はJR北海道の基幹工場

苗穂工場はJR北海道が保有する電車、気動車、客車。機関車、除雪車両に至るまで、全道を運行する車両の点検・修繕を統括する道内最大の総合整備拠点である。約4~8年ごとに車両の全部品を解体して新品同様に復元する全般検査(全検)を実施できる設備を有する。
余剰だった客車の50系を気動車(キハ141系)に「魔改造」したり、車体傾斜装置や寒冷地用バイオトイレ、ハイブリット試作車の試験など、メーカー並みの技術力を誇るのが最大の特徴である。なお北海道鉄道技術館までの道のりは立入禁止エリアが多いので要注意。
大正時代の工場がそのまま使われている


かつての北海道鉄道管理局苗穂工場(写真左)は現在も整備工場として使用されている(写真右)。左側の写真の台紙には「一千哩ヲ越ユル本道鐵道ノ客車貨車ノ組立ヨリ各保線工事橋梁材料ニ至ルマデ一切ノ作業ヲ司ル構内ニ鐵道員殉職弔魂碑ヲ建ツ」と書かれていた。
明治初期はこのあたりは葡萄園だったが、明治42年(1909年)12月に鉄道省北海道管理局札幌工場が設置され、大正4年(1915年)に苗穂工場に改称した。1942年~1950年の苗穂工機部時代を経て、1987年の国鉄民営化によりJR北海道苗穂工場となり今に至る。
北海道鉄道技術館を探訪する(屋外展示編)

それでは北海道鉄道技術館を探訪する。苗穂工場の正門から北海道鉄道技術館へ向かう途中には3棟の工場(写真右)があり、屋外展示はその手前側と奥側に分かれて設置されている。なおこの一帯は普段は工場として稼働しているため、指定エリア以外は立入禁止だ。
デゴイチで愛されたD51-237号機

正門から広場を抜けて奥に進むとデゴイチの愛称で親しまれた「D51」系蒸気機関車(SL)が出現する。この237号機は苗穂工場で自社製造された車両の第一号機なのだそう。D51は貨物車両の牽引専門で、動輪直径1,400mm、最大出力1,280PS、最高速度は85km/hだった。


D51の巨大な動輪(駆動輪)と重厚で厳ついサスペンション。ひとつひとつのパーツがいちいちゴツいのは、自重を車輪に荷重してスリップを防ぐ牽引力重視の設計であるため。

農試公園(西区)にもD51が展示されている。鉄道技術館の標準形のD51に対し、こちらはボイラー上部の煙突、給水加熱器等が一体となったナメクジ型と呼ばれるタイプ。
国産初のエンジン車・キハニ5005

国産初の気動車(エンジン動力車)の「キハニ5005」形。導入は昭和4年で形式名の「キ」は気動車、「ハ」は三等客室、「ニ」は荷物室を表す。全長わずか10m程度の小さな車両で、ヘッドライト上のラジエーターが特徴的。架線(電線)が無くても走行できるのが強み。
出張族御用達?振り子特急キハ281-901

道民にとって「振り子特急」でおなじみのキハ281。筆者もかつて道内出張では大変お世話になった。道内の山間部を高速で通過するために車体を傾ける構造が特徴的だが、深い傾斜と激しい振動、大きな騒音ですっかり酔ってしまい、移動中は仕事どころではなかった…。
そんな振り子特急は、2011年5月27日夜に発生した石勝線(上り線)での脱線・火災事故をキッカケに、JR北海道の運行方針が「高速&時短」から「安全&低負荷」に180°方向転換し、振り子機能は全面的に使用停止・撤去されることになる。


実は奇遇にもこの事故の当時、筆者は反対側(下り線)で帯広市へ向かっている途中だった。22時にはJR帯広駅に到着する予定が、新夕張駅で足止めを喰らい、JR北海道が手配した臨時バスに乗り換え、帯広に到着したのは翌朝6時過ぎであった。
元祖高速鉄道・C62-3号機

鉄道技術館そばに展示されている「C62」3号機。貨物用のD51に対し、C62は旅客用の高速型で、動輪直径は国内最大の1,750mm、最高出力1,620PS、最高速度100km/hを誇った。この3号機は函館本線で急行ニセコとして名を馳せ、廃車後の1988年に苗穂工場で復元された。

迫力の運転席の様子。メカ剥き出しでまさに男の職場といった感。座席はボイラーの釜を挟んで両側に配置されており、右側が機関士、左側が機関助手が座ることになっている。通常は機関士が運転を、機関助手がボイラー管理を専ら担当していた。

C62の全景写真。機関車(SL本体)と炭水車(蒸気を発生させるための石炭と水を積載)、車掌室付きの客車が連結されている。客車には「オハフ」の略号が記されている。「オ」は大型車、「ハ」は三等車、「フ」は車掌室(非常ブレーキ)付きという意味らしい。


JR北海道苗穂工場の構内には、1909年の鉄道院札幌工場(苗穂工場の前身)開設から100年を記念して建てられた「開基100年記念モニュメント」や、鉄道運行・工場作業の無事故・無災害を祈願する「安全祈願碑(安全の碑)」が設置されている。
北海道鉄道技術館を探訪する(屋内展示1F編)

ここからは北海道鉄道技術館の館内展示のご紹介。当日は貴重な月2回の開館日ということもあって、老若男女を問わず様々な来館者が鉄道にまつわる展示に見入っていた。同館は大きな吹き抜けのある広々とした2階建て構造。苗穂工場のOBらしき年配者も散見された。
アルファコンチネンタルエクスプレス運転台

「アルファコンチネンタルエクスプレス(キハ59形)」は、1985年にキハ56形を苗穂工場で改造して誕生したリゾート列車の草分けで、その後のリゾート列車ブームの契機となった車両だ。展示は気動車の前部をカットしたもので、実際に運転席に座ることができる。

1985年といえば日本はまだまだバブル真っ盛り。アルファコンチネンタルエクスプレスはアルファリゾート・トマム(現星野リゾート・トマム)とサホロリゾート間を運行していた。
プラレールでお馴染み・キハ82運転台

昭和世代なら、ついプラレール(鉄道のおもちゃ)を想い出す「キハ82形 特急おおぞら」のカットモデル。1961年に北海道初の特急として導入された国鉄特急色(クリームと赤)の名車。筆者の幼少期には森永キャラメルのおまけとしてミニチュア模型もあった。
大人も思わず童心に還る!ジオラマ展示室

鉄道といえばジオラマをイメージする人は少くないだろう。北海道鉄道技術館1F展示室には、4つの精巧なジオラマが展示されており、ミニチュアの列車が走行している。写真のジオラマは列車にマイクロカメラが内蔵されていて、車窓の景色を体験できるスグレモノ。

このジオラマは運転シミュレーター付き。まるでJR北海道の運転士になった気分で、ジオラマの街並みを疾走することができる。
時が過ぎるの忘れてしまう豊富な展示物たち
国鉄を支えた道内各工場の銘板

国鉄時代の道内工場の銘板。苗穂工場は現JR北海道になっても基幹工場であり続け、点検や整備のほか車両の改造や新造なども手掛ける唯一無二の拠点。五稜郭車両所はかつて苗穂工場に次ぐ規模だったが、組織再編に伴い2023年に閉鎖(現在は七飯町に新幹線の整備場あり)。
北斗星(ブルートレイン)のエンブレム

これらは昭和63年(1988年)の青函トンネル開通にともない、JR北海道とJR東日本が共同で運行した寝台特急列車(通称;ブルートレイン)のうち、JR北海道が所有していた北斗星のエンブレムである(展示上段が気動車のヘッドマーク、下段が客車用のパネル)。
メカ好き必見・動くカットモデル

ディーゼルエンジンのカットモデルも多数展示。写真はシリンダーブロックとカムシャフト回り。水平対抗12気筒エンジンは大迫力。他にもディファレンシャルギアやターボチャージャー、トランスミッションなどのカットモデルも多数展示。メカ好きにはたまらない!
北海道鉄道技術館を探訪する(屋内展示2F編)

北海道鉄道技術館の2階部分は、3分の2が展示スペースで残りは吹き抜けとなっている。2階フロアの展示は「SLコーナー」「SL製造・復元コーナー」「青函コーナー」「工場の歴史コーナー」の4つのテーマで構成されている。本記事で全ての展示をご紹介できないのが残念。
装置というよりもはや工芸品~SLコーナー

SL(蒸気機関車)まつわる展示コーナー。かつて道内各地で活躍した様々なSLのナンバープレートや装備類などがきれいに展示されている。それにしても「さっぽろふるさと文化百選」に指定されているだけあって、天井や壁面からノスタルジックな雰囲気が漂う。

D51形192号車の精巧なミニチュア模型。同館の案内板によると、これらミニチュア模型も苗穂工場の職員による手作りなんだとか。鉄道ならなんでもござれ!といった感じ。
SLの運転席に取り付けられていた汽笛や安全弁、圧力加減機などが整然と並んで展示されている。どれもこれも無骨ながら、工芸品のような美しさが漂う。

ものづくりニッポンの原点か…SL製造コーナー

SL製造・復元コーナーでは、蒸気機関車の設計図や製造にまつわる資料が展示されている。写真は機関車と炭水車(テンダー車)の設計図。これだけ精緻な図面を引ける技師には尊敬の念しかないが、この図面から実際に機関車を製造できる職人達もまた凄い。

「如何にせば怪我をしないか 怪我をせぬ秘訣」とは現代でいうところの業務災害防止マニュアルといったところか。本業(社労士)の仕事柄ついつい見入ってしまう。
日本事務器のタイムレコーダー(中央と右側)はタイムカードを差し込んでレバーを下げて打刻する。左はキャノンの卓上型電子計算機。電卓と呼ぶには抵抗を覚えるサイズ感…。

昭和世代には懐かしい青函コーナー

続いてこちらは青函連絡船や青函トンネルにまつわる展示コーナー。青函連絡船の操舵輪や青函トンネルの開通にともない発行された記念品、今はなき五稜郭車両所に関する資料などが展示されている。ちなみに筆者は青函連絡船で修学旅行に行った最後の世代でもある。

2階の吹き抜けから1階の展示室を眺める。写真左下は先程ご紹介したアルファコンチネンタルエクスプレスのカットモデル。広々とした館内は開放感バツグン。
青函コーナーに設けられた休憩スペース。相方が写真撮影を終えてこちらへやってくるまで、しばし愛機のThinkPad X280を広げて溜まった仕事を片付ける。

苗穂工場の歩みを学べる歴史コーナー

2階フロアのラストは苗穂工場の歴史にまつわる展示。なお写真のように2階フロアの随所に「頭上注意」の表示がある。確かに2階フロアの天井や出入口は総じて低いため、背の高い方はつい展示物に見入ってアタマをぶつけないようご注意願いたい。

カイゼンはもはや日本のお家芸といっても過言ではない。筆者も業務プロセスカイゼンを得意とするが、カイゼンはお金をかけず、最小のリスクで誰でもチャレンジできるのが良い。
タブレット閉塞機とは、隣り合った両駅に一対の本機を設置し、同一の路線に同時に対向列車が走行できなようにする安全装置。南区の旧簾舞通行屋にも同じ装置が展示されている。

北海道鉄道技術館のゆきかた

今回は念願叶ってようやく取材できた北海道鉄道技術館の探訪であった。何度も申し上げるように本記事で全ての展示物を紹介することは不可能なので、もし機会があればぜひ同施設を訪問し、実際に現地で北海道鉄道の開設と発展の歴史を体感してみて頂きたい。
営業時間とアクセス


左は駅名標のパロディだが、こういった遊び心も大切。右は帰り際に現在のJR苗穂駅構内で見かけた「苗穂駅刻印レールプロジェクト」のモニュメント。鉄道と共に歩んだ苗穂地区のまちづくりの想いを後世に伝えるべく設置されたそうだ。






