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野外博物館北海道開拓の村(札幌市厚別区)〜第3部

3部作のラストは農村群と山村群

開拓の村の吊り橋

野外博物館北海道開拓の村は札幌市厚別区にある東京ドーム11.5個分にも匹敵する広大な野外博物館だ。北海道開拓の歴史をテーマに、明治〜昭和初期のにかけて道内各地に存在していた52棟の歴史的建造物を移築復元あるいは再現した見応え満点のテーマパークである。

3部作でお届けしている野外博物館北海道開拓の村の最終章は農村群と山村群そして市街地群で紹介しきれなかった2つの施設となる。すでに正午を過ぎ、秋真っ盛りの札幌では徐々に太陽が傾き、日差しに黄昏色を帯びつつある。なんとか日が暮れる前にコンプしたいもの。

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農村群

36.旧山本消防組番屋

旧山本消防組番屋の外観

この建物は札幌市厚別区にあった消防用の番屋で、消防用具の物置として使用された。火の見櫓を備えたこのような番屋は、道内の農村や漁村に数多く設置され、防災に貢献した。

37.旧若狭家たたみ倉

旧若狭家たたみ倉の外観

たたみ倉とは道南地方に多く見られる漁家や農家の物置をいう。長方形の角材を積み上げて外壁を作り、屋根をかける校倉造りだが、実はこのような建築様式は道内では珍しいそうだ。

38.旧ソーケシュオマベツ駅逓所&厩舎

旧ソーケシュオマベツ駅逓所の厩舎内

駅逓とは人や物資の運搬を行う事業で、現在の長距離バスと郵便をまとめて行うような事業だった。旧ソーケシュオマベツ駅逓所は大正4年に建てられたもので、当時は8頭の馬を飼育していた。上の画像は厩舎の内部で真ん中の通路を挟んで左右にそれぞれ4頭の馬が格納される。

旧ソーケシュオマベツ駅逓所の待合室
これは旅客の待合室。奥には馬夫の休憩室もある
旧ソーケシュオマベツ駅逓所の外観
駅逓所と厩舎は別の建物。こちらは厩舎の方

39.旧田村家北誠館蚕種製造所

旧田村家北誠館蚕種製造所の内部

絹糸の原料となる蚕の卵を採取する施設で、浦臼町の養蚕伝習所教師だった田村忠誠氏が東京養蚕試験場の蚕室を参考にして明治34年に建築した。蚕の飼育から産卵まで室内の温度を一定に保つ必要があるため、各作業室には炉と排気口が取り付けられている。

旧田村家北誠館蚕種製造所の外観
貯桑室、作業室、蚕室から成る蚕種製造所の外観
旧田村家北誠館蚕種製造所の繭の遠心分離機
蚕の雌雄を判別する機械。原理はわからないが…

40.旧農商務省滝川種羊場機械庫

旧農商務省滝川種羊場機械庫の庫内

北海道といえばジンギスカン。そして北海道の3大ジンギスカンといえば滝川市発祥の松尾ジンギスカンが有名だが、その滝川にあった種羊場の大型農機具を格納するための倉庫が旧農務省滝川種羊場機械庫。現在は開拓時代から昭和初期まで道内各地で使用された農機具が集結。

旧農商務省滝川種羊場機械庫の農業用機械
これはベルギー製の亜麻脱粒機。デカい!
旧農商務省滝川種羊場機械庫のトラクター群
英国製や米国製のトラクターがズラリと並ぶ

41.旧納内屯田兵屋

旧納内屯田兵屋の室内
旧納内屯田兵屋の外観

現在の深川市納内に入植した屯田兵の兵屋。明治28年に建築され、昭和59年に開拓の村に寄贈され、一年かけて復元した。ちなみに札幌市に入植した屯田兵の兵屋の場合、現存するのは琴似にある2棟のみ。

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42.旧山田家養蚕板倉

旧山田家養蚕板倉の外観
琴似神社授産場施設跡記念碑

開拓使は屯田兵の授産事業として養蚕を奨励し、琴似兵村の屯田兵の中には自前の養蚕施設を持つ者も現れた。旧山田家もその中のひとつであり、上の画像はその養蚕板倉。なお琴似神社の境内には旧山田家授産場跡に記念碑が建立されている(左)。

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43.旧信濃神社

旧信濃神社の拝殿

明治16年に長野県から入植した人々が現在の札幌市厚別区にあるJR厚別駅周辺に建立したのが信濃神社。開拓の村に移築されたこれらの社殿や鳥居は初代のもので、元あった場所には現在、二代目の社殿が立っており、信州出身者の多い厚別エリアの心の拠り所となっている。

旧信濃神社の狛犬
相方いわく機械彫りのレプリカでは?とのこと
旧信濃神社の鳥居
初代信濃神社の鳥居
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44.旧岩間家農家住宅

旧岩間家農家住宅の居室

岩間家は旧仙台藩亘理郡の士族移民団の一員として明治4年に現在の伊達市に入植した。旧仙台藩亘理郡の開祖は伊達成実公で、筆者の暮らす西区琴似に入植した屯田兵の多くが亘理郡出身だったことから、琴似神社には伊達成実公も神として祀られている。

旧岩間家農家住宅の当主の居室
旧藩主伊達邦成公が休憩したとされる客間
旧岩間家農家住宅の外観
旧岩間家の外観。ハロウィン風の案山子が面白い

45.旧河西家米倉

旧河西家米倉の外観

前述の信濃神社周辺は長野県からの入植者によって開拓が始まったが、この米倉の所有者であった河西由造氏もその中のひとりである。札幌市民としてはちょっと驚きだが、開拓期の厚別区は水田による稲作が盛んだった。

46.旧樋口家農家住宅

旧樋口家農家住宅の囲炉裏
旧樋口家農家住宅の外観

樋口家は富山県から移住した水田農家で、この住宅は同郷の棟梁に依頼して、郷里の建築様式であるワクノウチ造で建てられた。ワクノウチ造とは、太い木材を交互に組み合わせて箱状の骨組みを構築する建築技術。

47.旧小川家酪農畜舎

旧小川家酪農畜舎の外観
旧小川家酪農畜舎の牛の模型

旧小川家酪農畜舎は札幌農学校のOBだった小川三策氏がアメリカから設計図を取り寄せて建築し、隣のサイロは昭和8年に道庁が作成した設計書をもとに、札幌軟石で再現したもの。酪農王国北海道の雰囲気満点だ。

48.旧菊田家農家住宅

旧菊田家農家住宅の居間の様子

旧菊田家農家住宅は、明治19年に新潟県から現在の江別市に入植した開拓者が建築した家屋を、同郷の菊田常吉氏が買い受けたもの。家屋の内部は明治40年頃の生活を再現しており、移住者同士の結束を高めるために、部落全体でお祭りなどを催していたそう。

旧菊田家農家住宅の祭事の楽器
宮太鼓や締太鼓の演奏体験に挑戦する筆者
旧菊田家農家住宅の外観
旧菊田家農家住宅の外観。日差しが傾いてきた…

49.開拓小屋

開拓小屋の内部
開拓小屋の外観

屯田兵の兵屋はホーレス・ケプロン卿の進言により設計された最先端のモダン住宅だったと聞いて驚いたが、屯田兵以外の移住者の多くは文字通りこんな掘っ立て小屋に住んでいた。確かに兵屋の方が何倍もマシ…。

山村群へ移動します…

山村群へ移動中の景色

あまりに粗末な開拓小屋に衝撃を受けつつ、我々は農村群を後にして山村群へ向かう。高緯度の北海道は本州以南に比べて日が落ちるのが早いが、我々が取材した10月中旬は16時頃から日が暮れ始める。すでに時計は15時を過ぎたところだが、暗くなる前に回りきれるか!?

山村群

50.森林鉄道機関庫

森林鉄道機関庫の外観
森林鉄道機関庫の機関車の展示

北海道庁は大正8年から国有林の森林伐採および木材搬出のための森林鉄道の敷設に着手する。昭和初期になると筏を組んだ流送はほぼ鉄道による運搬が主流となり、道内各地に機関庫や貯木場などが建設された。

51.旧平造材部飯場

旧平造材部飯場の内部
旧平造材部飯場の外観

旧平造材部飯場は、大正後期に上川郡の下川村にあった造材の飯場。飯場では伐木や造材を担当する山子と、木材の運搬に従事した藪出しなどの人々が40人ほど集まって寝食を共にしたらしい。過酷な生活だ・・・。

52.炭焼小屋

炭焼小屋の外観

北海道は国内有数の木炭生産地で、こちらは大正末期に副業製炭業者が使用していた角窯を再現したもの。主業として製炭を行っていた業者が使用していた窯に比べると小型の部類に入るらしい。ということで山村群はおしまい。残すは市街地群の2施設のみとなった。

市街地群の残り2施設

30.旧札幌農学校寄宿舎

旧札幌農学校寄宿舎の内部展示

最後は市街地群の中でも山村群寄りにある2つの施設をご紹介。まずは北海道大学の前身である旧札幌農学校の寄宿舎として知られる恵迪寮。札幌農学校が開校したのは明治9年で、当時は現在の札幌市時計台(旧札幌農学校演武場)の場所にあった。

その後、明治36年に現在の北海道大学の場所に移転し、その時に恵迪寮が新築された。「都ぞ弥生」は恵迪寮の寮歌としてのみならず、日本3大寮歌のひとつとして良く知られる。

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旧札幌農学校寄宿舎の居室の様子

開拓の村に移築されたのは明治38年に竣工した恵迪寮の一部で、明治42年頃の恵迪寮の様子を再現しているとのこと。舎監室の両側に南寮と北寮を配置し、それぞれ1階と2階に展示室を設けている。展示室は当時の寮室の様子や恵迪寮の歴史にちなんだ展示が行われている。

旧札幌農学校寄宿舎の食事その1
馬鈴薯の料理で自炊復活記念晩餐会で供された
旧札幌農学校寄宿舎の食事その2
南瓜のペーストにグリーンピースを加えた一皿
旧札幌農学校寄宿舎の展示コーナー
旧札幌農学校寄宿舎の外観

上の画像は恵迪寮の沿革に関係する資料の展示室。これ以外にも当時の恵迪寮における寮生活をうかがい知ることができる展示室が複数ある。時計回りの順路では最後の展示となるが、締め括りにふさわしいボリューム。

31.旧札幌師範学校武道場

旧札幌師範学校武道場の内部
旧札幌師範学校武道場の外観

山村群から市街地群に戻る順路からいえば恵迪寮の前にこちらの施設が来るのだが、一応、開拓の村のフィナーレは北海道教育大学札幌校の前身である北海道札幌師範学校の武道場。左側が柔道で右側が剣道の稽古場。

おわりに…大いに遊べる大人の学び場

開拓の村の農村群にある手押しポンプ

3部構成でのお届けとなった野外博物館北海道開拓の村は、敷地が広大なのと、個々の施設の展示物のボリュームが半端ないことから、3部構成でも全展示物の3割も紹介できていない。従って読者の皆様にはぜひ実地で開拓時代の空気に触れてみることを推奨する。

それともう一点付け加えると北海道開拓は厳しい冬を抜きにして語ることはできない。開拓の村は野外博物館ながら冬期間も開館しているので、あえて冬シーズンを選んで開拓の村を訪問し、当時の開拓者とその家族達の生活を擬似体験するのも一興かもしれない。

【最初から読む】

北海道開拓の村へのゆきかた

市街地群で写真撮影をするF嬢

北海道開拓の村の敷地は、公式サイトのマップで見るよりも実際にはかなり広く、すべてを丁寧に見学するには半日以上かかることを覚悟しておくべきだ。内覧可能な施設も多いが、原則として土足厳禁なので、歩きやすく着脱しやすい靴を選んでから訪問したいもの。

■入場時間・休館日
<5月〜9月>
 9:00〜17:00(入場16:30まで) 無休
<10月〜4月>
 9:00〜16:30(入場16:00まで)
 ※休館日 月曜日(祝日・振替休日の場合は、翌日)
<12/29〜1/3>
  休館※さっぽろ雪まつり期間の月曜日は開館
■入場料・年間パスポート
個人 道民割/団体
一般〜1,000円/道民or団体800円
大学生・高校生〜1,000円/道民or団体800円
年間パスポート〜1,800円
中学生以下、65歳以上、障害者〜無料
※北海道博物館とのお得なセット割あります!
■アクセス
地下鉄東西線新さっぽろ駅・JR新札幌駅からJR北海道バス「開拓の村行き」に乗車し終点下車
※駐車場400台あり
■公式サイト
野外博物館北海道開拓の村公式ホームページ

  • この記事を書いた人

山口光博

札幌育ちの社会保険労務士。上場準備企業の人事部長を経て独立開業。大勢でワイガヤと群れるのが苦手でオフは史跡めぐりや公園散策などして静かに過ごす。某観光まちづくりセミナーでマーケティング講師を務めた経験もある。

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