緑の中に佇む旧永山武四郎邸・旧三菱鉱業寮
札幌の中心部、買い物客や観光客で賑わうサッポロファクトリーの東側に位置する、永山記念公園。
この緑豊かな園内に佇むのが、園名の由来となった旧永山武四郎邸と旧三菱鉱業寮です。
明治時代の和洋折衷建築と昭和初期のモダンな洋館という、異なる時代背景を持つ二つの建物は、それぞれの建築様式が高く評価され、文化財に指定されています。
本記事では、これらの歴史的建造物が持つ魅力と見どころをご紹介します。
旧永山武四郎邸・旧三菱鉱業寮の歴史と特徴
建物の歩み
旧永山武四郎邸（以下、旧永山邸）は明治13(1880)年頃、当時屯田事務局長だった永山武四郎によって私邸として建築されました。
文明開化の時代を象徴するこの邸宅は、和風建築に洋風要素を取り入れた当時の北海道の上流住宅として貴重な存在です。
永山武四郎逝去後の明治44(1911)年、炭鉱開発の調査本部設置を目的として、三菱合資会社が永山邸の土地と建物を買収しました。
大正時代や昭和初期の地図には「三菱社宅」と記載されており、旧永山邸が三菱鉱業の拠点として機能していたことが分かります。
旧永山邸の北側に旧三菱鉱業寮（以下、旧三菱寮）が増築されたのは、昭和12(1937)年頃と推定されています。
応接室や会議室、宿泊室などを備えた福利厚生施設として建てられたこの建物には、当時のモダンな洋風建築の意匠が随所に見られます。
旧永山邸・旧三菱寮は、昭和60(1985)年に三菱鉱業セメント株式会社から札幌市へ寄贈された後、周辺環境の整備と修復工事、旧永山邸の北海道指定文化財への指定を経て平成元(1989)年に一般公開が開始されました。
その後も継続的な保存改修工事が実施され、令和元(2019)年には旧三菱鉱業寮も国指定有形文化財の指定を受け、現在の形で公開・活用されています。
永山武四郎という人物
（明治14年頃。北海道大学付属図書館蔵）
永山武四郎は天保8(1837)年、薩摩藩士の子として生まれました。
明治5(1872)年に開拓使へ出仕すると、北方防備の重要性を訴えて、屯田兵制度の創設を進言します。
明治8(1874)年の開拓使屯田事務局配属以降、屯田兵本部長・北海道庁長官・陸軍第7師団長を歴任し、約30年にわたって屯田兵制度を中心とした北海道の発展に尽力しました。
明治36(1903)年に貴族院議員となりますが、翌年、上京中に病気により逝去します。
北海道の地に眠りたいという遺志により札幌に運ばれた遺体は、豊平墓地に埋葬されました（後に里塚霊園に改葬）。
（北海道大学付属図書館蔵）
死後の明治42(1909)年には大通公園に銅像が建立され、永山神社（旭川市）や北海道神宮境内社の開拓神社にご祭神として祀られるなど、「屯田兵の父」と呼ばれ、その功績は今も語り継がれています。
旧永山武四郎邸・旧三菱鉱業寮を訪ねて
永山記念公園の立地
旧永山邸・旧三菱寮は、サッポロファクトリー東側に隣接する永山記念公園内に位置しています。
平成2(1990)年に設置された公園内には、建物の建つフェンスで囲われた区画があり、三菱鉱業寮時代の庭が保存されています。
公園北側に面する北3条通りは、旧北海道庁（赤れんが庁舎）から東に伸びる道路です。
明示の頃、屯田兵本部もこの通り沿いにあり、旧永山邸からは西へ約500mの距離でした。
もしかすると、永山武四郎がこの地に私邸を構えた理由の一つに、通勤に便利な立地だったことがあるのかもしれません。
また、大正時代の北3条通りは路面電車が走る幹線道路となっており、三菱が社宅を置くにも非常に便利な場所だったことが想像されます。
外観に見る旧永山武四郎邸・旧三菱鉱業寮の魅力
開拓使による和洋折衷の住宅様式を今に伝える旧永山邸は、簡素でありながらも重厚な造りが特徴です。
その一方、北側に増築された旧三菱鉱業寮は、白い壁と緑の屋根が印象的な昭和初期のモダンな洋館となっています。
対照的な二つの建物が接続されているにも関わらず、不思議と違和感を感じさせません。
旧永山邸は、札幌市北区にある清華亭によく似た印象を受けます。
明治13(1880)年に開拓使が貴賓接待所として建てた清華亭と旧永山邸とは、洋風の外観、ペンキを塗らない下見板張りの壁、屋根の棟飾り、台形のベイウィンドウなど、共通する特徴が随所に見られます。
一方の旧三菱寮は、妻のハーフティンバーや2階の窓花台、1階の下見板張りと2階のモルタル刷毛引塗装による腰高なデザインの外壁など、大正から昭和初期に流行した洋風住宅の意匠が巧みに取り入れられています。
なお、明治20(1887)年刊行の『札幌繁栄図録』から、現在旧三菱寮が位置する場所には、かつて旧永山邸の従棟が存在していたと推測されています。
旧永山武四郎邸の見どころ
旧三菱鉱業寮の玄関から入り、右手の廊下を奥に進むと旧永山邸の内部を見学できます。
廊下やその先の玄関ホールには、両建物の沿革や概要、地域の歴史、保存改修工事を紹介する説明パネルが設置されており、建物の背景を深く知ることができます。
旧永山邸最大の魅力は、洋風建築の手法や意匠を和風建築に取り入れようとする、当時の人々の試行錯誤が伝わってくる点にあります。
応接室の天井中央の飾りは清華亭や豊平館のものと非常によく似た意匠で、これらは同じ職人（もしくは職人グループ）による作品と推測されています。
この共通性は、旧永山邸が清華亭や豊平館と同時期に建てられたとする根拠の一つにもなっています。
洋風の応接室に畳敷きの表座敷を直接接続し、その開口部を洋風の板戸で仕切っている点も清華亭と同様です。
開口部を飾る額縁飾りの意匠もそっくりで、開拓使の手による和洋折衷様式建築の一端を垣間見ることができます。
表座敷の北には和室が2室あります。
特に脇座敷は、洋風のベイウィンドウや、2種類（マツとカツラ）の木材を交互に寄せ張りした天井板など、興味深い造りが多く見られます。
なお、旧永山邸の新築祝いに招かれた開拓使長官の黒田清隆が、応接室のみが洋室で他は和風という邸宅を見て、「寒地である北海道の住宅は洋室としなければ開拓は立ち行かない」と発言して辞去したという、興味深い逸話が残されています。
旧三菱鉱業寮の見どころ
1階
かつて、会議室・食堂および厨房・宿泊室・従業員室などがあった旧三菱寮の1階は、現在、展示スペースとカフェが設けられています。
玄関の正面には、和洋折衷喫茶「ナガヤマレスト」があり、レトロな雰囲気の中でスイーツや洋食を楽しめます。
また、玄関左手の「れきしの部屋」では、説明パネルなどの展示を通じて、三菱鉱業による北海道の鉱山開発の歴史や、旧三菱鉱業寮の耐震・保存修理の様子を学ぶことができます。
2階
2階は中廊下を挟んで和室の宿泊室が並ぶ、寮らしい造りとなっています。
階段を上がった突き当りにある小ホールは、三方を壁と窓に囲まれた落ち着きのある空間で、寮の利用者や来訪者が談話したであろう当時の雰囲気を感じることができます。
小ホールの左手には、レトロな丸窓が印象的な縦長の部屋があります。
かつては納戸でしたが、現在はギャラリースペースとして活用されており、様々な展示が企画されています。
宿泊室は図書室となっている一室を除き、貸室として利用されています。
この日は、貸室で子供たちが熱心に勉強している姿が垣間見られ、歴史ある空間が現代の生活に溶け込んでいる様子がうかがえました。
旧永山武四郎邸・旧三菱鉱業寮で感じる札幌の歴史
旧永山武四郎邸及び旧三菱鉱業寮は、サッポロビール発祥の地であるサッポロファクトリーに隣接し、北海道神宮頓宮やサッポロビール博物館など、札幌の開拓や発展の歴史を感じられる施設が多く存在するエリアに位置しています。
夜も比較的遅い時間まで開館しているので、サッポロファクトリーでのショッピングや外食の際に足をのばして、歴史ある建物の魅力を体感してみてはいかがでしょうか。
アクセスと開館時間
アクセス：札幌市営地下鉄「バスセンター前」駅より徒歩10分、JR「苗穂」駅より徒歩13分
開館時間：9:00 ～ 22:00（レストランは11:00～19:00（土日祝日は20:00））
休館日：毎月第2水曜日（祝日の場合はその翌日）、年末年始
入館料：無料
公式HP：旧永山武四郎邸及び旧三菱鉱業寮公式サイト
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参考文献
「よみがえった「永山邸」 屯田兵の父・永山武四郎の実像」（高安正明 著／1990年）
「札幌の文化財（web版）」（札幌市HP）
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