札幌開拓のメモリアルパーク
アンダーパスの地上部分を有効活用

創成川公園は、平成23年(2011年)に創成川の両岸に造成された都市公園である。創成川は豊平川を水源とし、下流域で伏籠川に流れ込む総延長14kmに及ぶ人工河川だが、このうちすすきの地区からさっぽろ創世スクエアまでの820mにかけて、創成川と平行して建設されたアンダーパスの地上部を有効活用すべく整備されたのが創成川公園である。
創成川公園は8つの橋によって7ブロックに区切られており、各ブロックには札幌の開拓と発展にちなんだ石碑やモニュメントなどが多数設置されている。周辺には大通公園やさっぽろテレビ塔、狸小路商店街、二条市場といった札幌観光の人気スポットが集中しており、おかげで創成川公園は24時間365日常に人通りの絶えない場所となっている。
創成川が札幌開発の起点となった

創成川の前身は慶応2年(1866年)に開削された大友堀である。札幌の小学校に通っていたことのある人なら、社会科の授業で大友堀や大友亀太郎について学んだ記憶があるだろう。大友堀は江戸幕府の幕臣だった大友亀太郎が、札幌村(現在の東区元町周辺)の開墾に伴い、飲料水や灌漑用水の確保のために設けた人工の用水路である。
そして北海道開拓使の島義勇(しまよしたけ)判官が、大友堀に架けられた創成橋の東岸を起点に、そこから東西南北へ向けて札幌のまちづくりに着手したのである。ちなみに創成川の上流(中島公園周辺)を鴨々川という。豊平川の清流を引き込み、浅瀬を緩やかに流れる鴨々川は、札幌の子どもたちの水遊びスポットとなっている。
創成川と筆者の思い出を語る

筆者は札幌市北区の麻生町育ちである。創成川は実家から徒歩2分の近場にあり、小学生の頃に大雨で創成川が氾濫し、実家の家屋は浸水を免れたものの、町内の道路は足首くらいの高さまで水没したことを覚えている。また筆者が小中学生の頃は全国的な釣りブームが到来しており、筆者もご多分に漏れず創成川で鮒釣りなどを楽しんだ。
特に印象的だったのは小学校6年生の時に出場した地元の釣り雑誌主催の釣り大会で、終了間際に大きな鯉を釣り上げ、大人に混じって3位に入賞したことだ。そんな筆者にとって創成川は日常の一部であったが、かつては悪臭漂うドブ川だった。しかし1980年代に下水処理場の改修工事と近代的な護岸が施されたことにより、水質が大幅に改善された。
創成川公園を探訪する(その1)
南4条~南3条ブロック

それではお待ちかね。創成川公園の南から北へ向かって7つのエリアを順番に探訪してゆく。取材は9月上旬、当日は快晴に恵まれ、写真の撮れ高も大いに期待できそうだ…。まずは創成川公園南端の「南4条~南3条ブロック」のご紹介から。ちなみにさっぽろテレビ塔側が東岸である。また画像右下に見える取水口にもご注目(最後で伏線回収するのでお忘れなく)。
周辺の様子

南4条橋(南側)から豊平川方面へ向かうアンダーパスの出口が見える。若き日の筆者はこの道をバイクでかっ飛んで大学(北海学園大学)に通っていた。
創成川の東側で営業しているフェアフィールド・バイ・マリオット札幌ホテルの前庭に生けられた見事なフラワーアレンジメント。札幌は本当に花が良く似合う街だ…。

このエリアのモニュメント
SASABUNE(団塚栄喜 作)
団塚栄喜(だんづか えいき)氏の「SASABUNE」は川を下ってゆく笹舟をモチーフにした作品。川下に向かってゆらゆらと流れる笹舟と一緒に階段を下って川辺に降りてみる。


見えない架け橋(団塚栄喜 作)
創成川を挟んだ対岸同士に橋台が設置されているが橋桁はない。そして橋台の煉瓦には様々な言語で挨拶の言葉が彫られている…なるほど。
南3条~南2条ブロック
狸二条広場

南3条橋を渡ると「南3条~南2条ブロック」が始まる。このブロックの目玉スポットはなんといっても広大な空間を誇る狸二条広場。画像の両側には観光客に大人気の二条市場(左側)と狸小路商店街(右側)が見える。狸二条広場は約950㎡のイベントスペースで、食や文化のイベントや地域のお祭り、あるいは大通公園の第2会場として活用されている。

生誕(安田侃 作)
「生誕」は北海道出身の彫刻家、安田侃(やすだ かん)の作品で、生命の始まりと力強さを想起させる造形は狸二条広場で存在感を放つ。
三日月湖(団塚栄喜 作)
創成川の下流域に広がる石狩川周辺に多く見られる三日月湖の形をモチーフにした作品。川の地理的・自然史的なストーリーを感じさせる。


SAPPORO CITY CRUISE(団塚栄喜 作)
クルーズ=札幌の名所の方向・距離が彫り込まれた舟型の煉瓦が点在している。うち1つがこの9km先にモエレ沼公園(東区)があることを示す。
札幌の人気観光スポットに隣接


狸小路商店街と二条市場は、このエリアではテッパンの札幌観光スポット。全天候型アーケードの狸小路は季節を問わず、買い物や夜の飲み歩きが楽しめ、歴史ある二条市場は朝食の新鮮な海鮮丼や食べ歩き、豊富な海産物の土産物など、国内外の観光客を惹きつけてやまない。狸二条広場を介してこれらの施設をスムーズに行き来できるのはとても便利。
南2条~南1条ブロック

それでは続いて3番目の「南2条~南1条ブロック」を探訪する。これまでの画像と比較すると一目瞭然だが、どんどん「さっぽろテレビ塔」に近づいているのがわかる。それにしても今年(2026年)の札幌は涼しくて快適だ(エルニーニョ現象の影響か?)。取材は9月上旬だったが、残暑が酷かった昨年に比べてカラリとした晴天がとても心地よい。
このエリアのモニュメント

天秘A(安田侃 作)
「天秘」は対の作品で、西岸南端と東岸北端の対角に配置されており、こちらは西岸南端の作品。左の女性は樹木を撮影していると思しき相方殿。
天秘B(安田侃 作)
「天秘」の片割れは、東岸北端の創成橋付近にある。安田侃がこのような配置としたのは、この場所を起点に東西南北に向かって都市開発を進めていった開拓の物語を作品の中で表現したかったのではないかと想像する。

【注意喚起】札幌市民の民度は?


タバコのポイ捨ては札幌市の条例で禁止されており、喫煙は周囲に人がいないことが大原則。また自転車乗り入れや犬の糞の放置も厳禁…とはいえ、取材当日はツラっとして自転車を乗り入れるオバハン、あたり構わず喫煙しているオッサン、吸い殻をポイ捨てするイキった若造どもが散見された。外見から地元民であることは明らかだが、札幌の民度が問われますぞ。
創成川公園を探訪する(その2)
南1条~南大通ブロック

「南1条~南大通ブロック」は創成川公園を構成する7ブロックの中心である。創成橋とその周辺は「開拓広場」と呼ばれ、敷設された赤レンガのインターロッキングが他のブロックとは違う特別なスポットであることを暗示しているかのようだ。ここにはアート作品のほか、創成川の開削や札幌の発展にちなんだ記念碑などがいくつか建てられている。
創成橋

創成川公園に接する8つの橋の中で、別格ともいえる存在感を放っているのが創成橋である。明治2年(1869年)に架けられた木橋が起源で、明治43年(1910年)にはモダンな石造アーチ橋になり、その後何度かの改修を経てコンクリート製の近代的な橋に進化したが、沿線住民の強い要望により、平成22年(2010年)に明治43年当時の姿が復元された。

創成橋は大友堀の両岸を結ぶ簡易な橋だったが、明治4年に欄干付きの木橋に架け替えられ、岩村俊道判官によって「創成橋」と命名された。(写真:北海道大学付属図書館蔵)
大友亀太郎像

大友亀太郎は相模の国(現在の神奈川県小田原市)出身の役人で、二宮尊徳の下で「報徳仕法」と呼ばれる開墾手法を学んだ後、安政5年(1858年)に来道。道南地方で御手作場(官営開墾農場)を開設した功績により、慶応2年(1866年)に石狩地方の開墾を任され、伏古川のほとり(現在の札幌村郷土資料館のあたり)に「元村御手作場」を開場する。
開墾にあたり、大友亀太郎が真っ先に着手したのが飲料水や水田の灌漑用水、あるいは湿地の排水を目的とした水路の掘削であり、現在の南3条付近を流れていた豊平川から水を引き入れ、元村御手作場の裏手にある伏籠川に注ぐ「大友堀」をわずか数ヶ月で完成させた。その後、大友堀は創成橋にちなんで、明治7年(1874年)に「創成川」に改名された。
南1条交番(通称赤れんが交番)跡

かつて創成橋付近には「赤レンガ交番」の愛称で親しまれた南1条巡査派出所があった。赤レンガ交番は昭和47年のさっぽろ冬季オリンピック開催にともなう創成川通の拡張工事により撤去されたが、解体された建材は北海道が保管し、その後「野外博物館北海道開拓の村(厚別区)」の開設時に、当時の姿のまま復元・展示されることになる。
建設の地碑・北海道里程原標


創成橋北側の東岸に設置されている「建設の地碑」と「北海道里程元標(ほっかいどうりちょうげんぴょう)」。「建設の地碑」は札幌の都市開発がこの場所から始まったことを後世に伝えるために昭和42年(1967年)に建てられた記念碑である。また「北海道里程元標」は道内の道路の起源や距離の基準となる標識…すなわちこの場所こそが北海道地図の起点なのだ。
南1条休憩施設

赤レンガ造りの「南1条休憩施設」は前述の南1条交番(赤レンガ交番)をオマージュして建築されたそうな。休憩施設の壁面には創成川公園のマップや創成川の歴史にまつわる写真などが掲示されている。ちなみに床面は当時の南1条交番の間取りを表現しており、「北海道開拓の村(厚別区)」に復元された南1条交番と見比べてみると面白いかもしれない。
生棒(安田侃 作)

安田侃氏の「生棒(せいぼう)」。散策路の中央にドカンと据え付けられ、人工的な四角い窓と天然の岩肌のようなてっぺん、そして不自然に傾いた柱が印象的。これをどう読み解くべきか悩ましいものがあるが、札幌市民にとって安田侃氏といえば、やはりJR札幌駅南口の大きな白いモニュメントだろう。ここを待ち合わせ場所にしたことがある読者もいるのでは?
創成川公園を探訪する(その3)
南大通(大通公園接続部)ブロック

さてここからは後半戦。「南大通(大通公園接続部)ブロック」は、札幌市民が愛してやまない「大通公園」の東端に接しており、そこには札幌のシンボル「さっぽろテレビ塔」が鎮座していることは地元民ならもはや常識。ところでさっぽろテレビ塔では「階段456段のぼりチャレンジ」が毎年恒例となっており、我々も2022年秋に達成済み。札幌観光の思い出にぜひ。
スノーリング(西野康三 作)

創成川の両岸を環状に連結する壮大なモニュメントは西野康三氏の「スノーリング」という作品。ここの案内表示によると「創成川の水と天空を意識しつつ、東西南北を結ぶシンボルとして、水の流れの上に配置した」とのこと。札幌まちづくりの起点となった創成川らしく、やはり「東西南北」や「起点」がモニュメントの統一コンセプトになっているようだ。

スノーリングの上を歩いて創成川の対岸に移動できる。手すりもついているが、小さなお子さんは大人が手を引いて渡るようにしたい。左奥にさっぽろテレビ塔の脚部が見える。
「スノーリング」を下から見た図。それにしても筆者の小学生時代は創成川の両岸は草木が生い茂り、ドブ臭さもあって川辺への接近は困難だった。現在の創成川はひたすら安全で清潔。


スノーリングの東側には市民ボランティアの手入れによる美しい花が活けてある。念の為にGoogleレンズで調べてみたら「ニューギニア・インパチェンス」という花だった。
こちらは可憐な萩の花。創成川公園では毎年9月~10月にかけて萩の花の見頃を迎え、鑑賞ツアーなども催行されているようだ。川面に垂れ下がる萩の花が大層優美。佳きかな佳きかな…。

その他のモニュメント

時の飛び石(団塚栄喜 作)
団塚栄喜氏の「時の飛び石」は2つのブロックのみ赤レンガの造作。手前が1940年製、奥が2011年製の赤レンガを使っているが、時代とともに赤レンガに置き換えてゆくのだろうか?(であれば本作は未完成ということか…)。
TAKEKURABE(団塚栄喜 氏)
赤レンガ製の柱に刻まれた目盛りで我が子の成長を確かめられる。なおこの柱は169cmで、これは1939年に記録した観測史上最大の積雪の高さである。

北大通~北1条ブロック
北海学園大OBには嬉しいスポット

創成川公園の探訪も残すところあと2ブロック。ここからは「北大通~北1条ブロック」をご紹介する。ちなみに奥に見える大きな建物は「水曜どうでしょう」の大ヒットで知られる北海道テレビ放送(HTB)の社屋。同番組ですっかり有名になった大泉洋氏が所属しているTEAM NACSは北海学園大学の同窓生で結成された。同校OBの筆者としては誇らしい限り。

創成川公園には株式会社ニトリの寄贈した500本の樹木が植えられており、その旨を記した「創成川公園整備記念」の石柱が建っている。今や日本を代表するニトリHDだが、創業者の似鳥昭雄氏も我らが北海学園大学のOBである。
このエリアのモニュメント
SAPPORO SUNDIAL(団塚栄喜 作)
SUNDIALは日時計のこと。左側のブロックには各月の初日が記され、月ごとに立ち位置を変えることで、自身の影が正しい時刻を指し占めす仕組みだ。


2nd MOIWA(団塚栄喜 作)
2つのモイワは藻岩山と円山のこと。アイヌは藻岩山をインカルシべ、円山をモイワと呼んでいたが、明治期にこれらを取り違えたまま今日に至る。
北1条~北2条ブロック

創成川公園探訪もいよいよ最終章。フィナーレは「北1条~北2条ブロック」で、上の画像は創成川公園北端の北1条橋の様子。南端同様にこの先は創成川を挟んでそれぞれアンダーパスの出入り口がある。札幌市内では比較的交通量が多いエリアで、通勤時間帯はかなり渋滞するため、この周辺で自動車を運転したがらない札幌市民は少なくない。
KAMOKAMO STEP(団塚栄喜 作)

「KAMOKAMO」とは創成川の上流にあるの鴨々川のこと。鴨々川は豊平川の取水地点から護国神社や中島公園の敷地内を蛇行しながら流れ、すすきの地区を過ぎて直線状になったあたりで創成川と名を変え、伏籠川までほぼ一直線に下ってゆく。この作品が斜めに配置されているのは、この方角に鴨々川があるためらしい。

かつて南7条付近の創成川沿いにはりんごや梨の果樹園があった。KAMOKAMO STEPの上にもりんご(地域の思い出)がさりげなくあしらわれていた。
その他のモニュメント

Christmas Present from SAPPORO(団塚栄喜 作)
赤レンガ製の大小さまざまなプレゼントの箱が、クリスマスツリーをぐるりと囲むように配置されている。これは大人から子どもまで、自分のサイズにあわせて座れるベンチでもある。
SAPPORO SOUND SOFA(団塚栄喜 作)
パラボラアンテナ兼ソファーという作品。パラボラアンテナは札幌市時計台を向いており、耳を澄ませば鐘の音を聴くことができるそうな…。

その他の注目スポット

突如として北1条橋の下から湧き出る水。これは創成川公園内の水量を調整するために、上流(創成川公園南端の南4条橋付近)で取水し、地下の別ルートを迂回させて、創成川公園の北端(北1条橋付近)で再び創成川に戻す仕組みとなっているのだ。念の為に本記事の「南4条~南3条ブロック」の章でご確認願いたいが、まさに伏線回収とはこのこと(?)。

日本基督教団札幌教会
モニュメント「Christmas Present from SAPPORO」の向かいにある、明治37年(1904年)に竣工した札幌軟石造りの教会。札幌農学校(現北海道大学)の1期生14名が洗礼を受け開基。
「創成の川」歌碑
「創成の川」は原子修作詞、本間雅夫作曲の合唱曲。作詞した原子修氏は北海道を中心に活躍する詩人・英文学者で、札幌大学の名誉教授でもある。

創成川公園のゆきかた

敷地面積だけなら創成川公園は市内の都市公園の中ではかなり小さい部類に入る。したがって「今回は記事のネタに困りそうだな…」などと要らぬ心配をしていたが、実際に探訪してみると見どころ満載で予想外の長編記事となってしまった。また北区育ちで幼少期から創成川が身近な存在だった筆者にとって、創成川の歴史的意義を再発見できた良き学びの日でもあった。
アクセス
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参考文献等
・創成川・鴨々川 川めぐりマップ(札幌市下水道河川局)
・さっぽろの川と人々のくらし(札幌市下水道河川局)
・歴史の散歩道(札幌市中央区)
・創成川公園(創成川公園管理事務所)
・札幌の文化財 日本基督教団札幌教会(旧札幌美以教会堂)
・新札幌市史デジタルアーカイブ 北海道開拓記念館と北海道開拓の村(札幌市中央図書館)
・北海道大学北方資料データベース
・さっぽろ文庫1 札幌地名考
・さっぽろ文庫7 札幌事始
・さっぽろ文庫8 札幌の橋
・さっぽろ文庫45 札幌の碑
・さっぽろ文庫50 開拓使時代
・さっぽろ文庫58 札幌の通り















