モダンと歴史が融合したアート作品
手稲アート作品No.24「明日風公園」

明日風公園は手稲区明日風地区にある周辺を住宅に囲まれた閑静な地区公園だ。敷地面積は4.7ヘクタールで、前回取材した前田公園より一回り大きい程度。前田公園が手稲前田地区開祖の加賀藩前田家にちなんだ歴史を伝える場所であるのに対し、明日風公園は昭和40年頃まで操業していた手稲鉱山をオマージュして造成されたのが最大の特徴。
ちなみに明日風公園は、手稲区と近隣の北海道科学大学の空間デザイン学科との共同設計である。それゆえに2014年に開催された「札幌国際芸術祭(SAIF2014)」の際に、手稲区地域振興課と北海道科学大学の共同企画・編集により発行された手稲区の街中アート作品マップにも、第24番目のアート作品として明日風公園も掲載されている。
北海道科学大学は北海道工業大学、北海道自動車短大、北海道薬科大学が統合して誕生した総合大学であり、大学の建物や館内の随所にモダンアートが取り入れられた前衛的な雰囲気だ。

希少な「手稲石」の産地だった手稲鉱山

手稲鉱山は明治20年(1887年)に滝の沢付近で金鉱が発見されたのが始まりと言われている。大正5年(1916年)に手稲鉱山と命名され、昭和10年(1935年)に三菱鉱業が手稲鉱山にかかる全ての権利を取得する。昭和15年(1940年)に手稲鉱山の鉱産量はピークを迎え、鉱夫やその家族など7,000人が居住する町が形成されて大いに発展した。
手稲鉱山で採取される主な鉱石は金、銀、銅などだが、中でも手稲石と呼ばれるテルル(レアメタル)と銅が結合してできた新鉱石が発見されたことは、鉱物学的にも非常に有名なのだそうだ。最盛期の鉱区数は27鉱区におよび、その面積は6,090ヘクタールと、現在の手稲区の広さ(5,670ha)を上回るとにかく広大な採掘規模であった。
明日風公園を探訪する
メインエントランス広場

それでは早速、明日風公園を探訪する。取材当日は晴天と雨天が頻繁に入れ替わる不安定な天候だった。まずは園名石のあるメインエントランスから。まるで東区のモエレ沼公園を彷彿とさせるかのような真っ直ぐな石畳が丘陵の奥まで続いている。モエレ沼公園もイサム・ノグチの設計による巨大なアート作品であり、「札幌国際芸術祭(SAIF2017)」の会場にもなった。

メインエントランス広場にある噴水。手稲鉱山の作業場にある何らかの配管をイメージした造作と思われる。
築山

メインエントランス広場から小高い丘に向かって一直線に伸びる通路を歩いて築山のてっぺんに到着。小さな公園なので写真を撮影しながら歩いても、麓から頂上まで5分もかからない。鉱山の演出なのか、荒削りの石材で造作したベンチが無造作に設置されていた。
児童遊戯広場

児童遊戯広場は6歳~12歳の児童を対象とした遊具施設。なるほどゴツゴツした岩肌や鋼材といった雰囲気の遊具などをみるにつけ、手稲鉱山の採掘現場の再現にこだわったというのもよく理解できる。中央の大きなジャングルジムもおそらく採掘現場の管理棟を見立てたデザインなのだろう。
幼児遊戯広場

こちらは幼児遊戯広場。対象年齢は3歳~6歳といわゆる未就学児のための遊具施設が設置されており、砂場や小さな滑り台、ゴム製の遊具など、小さな子どもが安心して遊べるような配慮が随所になされていて好印象。
テニスコート

なんとテニスコート(有料)も完備されている。人工芝の本格的な硬式テニスコートは2面で、利用料は1時間700円。筆者は高校~大学時代に硬式テニスに熱中した時期があったが、こんな立派なコートでプレーしたことはない。申し込みは前田森林公園管理事務所(TEL011-681-3940)まで。
パークゴルフ場

さらに9ホールながらパークゴルフ場もある。公園の案内看板を見る限り無料で利用できそう。それにしても明日風公園は住宅街にある地区公園としては充実した施設が整っている極めて完成された公園ではないだろうか?小さな子ども連れでも、近所の小学生でも、はたまた若者や年配者まで様々なニーズにしっかり対応している。
園内でみかけた草花


明日風公園内で見かけた美しい草花たち。左は真弓の実で毎年9月~10月頃になると淡いピンク色の実をたくさんつけるそう。この実が熟すと果肉が裂けて、真っ赤な種子が顔を出す。右の花は紫苑。キク科の多年草でちょうど9月~10月が見頃なのだとか。紫苑は古くから観賞用や薬草として親しまれてきた。
周辺の探訪スポット
明日風かぼちゃ公園

園内の「明日風なかよし橋」を渡ると「明日風かぼちゃ公園」がある。他にも明日風公園の周辺には「明日風すいか公園」「明日風いちご公園」などが点在している。明日風地区はかつてかぼちゃやスイカの産地だったらしく、明日風公園(手稲鉱山)とともに地域の歴史を伝えるために、同じコンセプトで造成されたのではないかと想像する。
曙西緑地

札幌運転免許試験場を挟んで明日風公園の反対側にある曙西緑地は、手稲鉱山で選鉱された水を貯留・処理していた沈殿池の跡地。取材時は発見できなかったが、土手のどこかに大きな排水管の遺構があるそう。
北日本飛行学校(飛行場)跡


帰りがけに参拝しようと手稲神社へ向かって歩いている途中で、曙第一会館の敷地内に「北日本飛行学校(飛行場)跡」という看板を発見。なんでも通称「軽川飛行場」とも呼ばれていたらしい。昭和8年に北区北24条あたりに移転して「札幌飛行場」となるが、昭和17年に東区の丘珠飛行場(現在の丘珠空港)が運用を開始し、札幌飛行場は統合される。
明日風公園のゆきかた

今回は運転免許証の更新がてらの取材となってしまい、手稲鉱山にまつわる史跡を探訪するにはちょっと時間が足りなかったが、明日風公園はコンパクトながら郷土の歴史を未来に伝え、かつ手稲区の街中アートを構成するランドマークでもある。そして老若男女を問わずに楽しめるアミューズメント性も兼ね備えた高度で多機能な公園だった。

明日風公園は大雨時の貯水池としての役割も想定されており、園内の各所に貯水区画が設けられているため、むやみに接近しないようにしたい。







