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博物館・資料館・美術館

琴似屯田歴史館資料室(札幌市西区)

2022年11月28日

屯田兵発祥の地・琴似の歴史を学ぶ資料室

琴似屯田歴史館資料室の展示の様子

北海道の開拓と防衛に大きく貢献した屯田兵。その最初の入植地が、札幌市西区の琴似地区です。

この地には、琴似屯田兵村の歴史や文化を今に伝える施設があります。それが、琴似屯田歴史館資料室です。

今回は、筆者が実際に資料室を訪ねた感想を交えながら、その見どころをご紹介します。

琴似と琴似屯田兵村のなりたち

札幌のN30遺跡発掘の板状土偶レプリカ
JR琴似駅近くの遺跡から見つかった板状土偶のレプリカ(札幌市埋蔵文化財センターにて撮影)

琴似という地名は、アイヌ語の「コッ・ネ・イ」(くぼんだ所)に由来するといわれています。

現在のJR琴似駅近くから縄文時代の遺跡(N30遺跡)が見つかっているほか、江戸末期には近隣の発寒地区に入植した者がいたとの記録もあり、屯田兵による本格的な開拓が始まる前から、この地で生活する人々がいたことが分かっています。

屯田兵とは?

時計台落成式で整列する琴似と山鼻の屯田兵たち
札幌農学校演武場(時計台)落成式で整列する琴似・山鼻両兵村の屯田兵(北海道大学付属図書館蔵)

明治時代に北海道に置かれた屯田兵とは、国防と開拓の両面を担う兵士です。
家族と一緒に移住した彼らは、兵士として軍事訓練を受けながら、北海道の原野を開墾して農業や畜産などにも励みました。

最終的に37の屯田兵村ができましたが、最初の屯田兵が入植したのが琴似の地でした。

最初の屯田兵村・琴似

入植直後の琴似屯田兵村の様子
入植直後の琴似屯田兵村の様子(北海道大学付属図書館蔵)

明治8(1875)年、旧仙台藩士や旧会津藩士など198戸が琴似の地に入植し、最初の屯田兵村が誕生しました。

彼らは、札幌本府を守ったり、北方の敵に備えたりする一方で、琴似とその周辺地区の開拓にも尽力しました。

農業の経験がない士族が多く、寒い土地でどんな作物が育つのか試行錯誤しながらの開拓は大変な苦労がありましたが、後に続く屯田兵村の先導者や指導者を輩出するなど、琴似屯田兵村は北海道の開拓に大きく貢献しました。

琴似屯田歴史館資料室を訪ねて

琴似屯田歴史館資料室の立地

琴似屯田歴史館資料室の外観

琴似屯田歴史館資料室は地下鉄琴似駅からほど近く、琴似二十四軒まちづくりセンターの2階にあります。

この周辺は、かつて琴似屯田兵村の中隊本部や練習場があった一角で、資料室の周辺には兵村ゆかりの石碑が並ぶ「屯田の森」や、兵村の人々によって創建された琴似神社があります。

開館日は水曜日のみと少々レアな資料室ですが、それだけに見学する価値のある資料が多く揃う施設です。

琴似屯田歴史館資料室の展示内容

琴似屯田歴史館資料室に展示の屯田兵屋の模型
屯田兵に与えられた兵屋の模型も展示されている

琴似屯田歴史館資料室が収蔵する資料は、約2,000点。

琴似に入植した屯田兵とその家族が実際に使っていた農機具や生活用具、手紙などの文書類などが展示されています。

また、当時の写真や屯田兵屋の模型などの展示や関連書籍も見ることができ、琴似屯田兵村の歴史を様々な角度から学べるように工夫されています。

琴似屯田歴史館資料室で印象に残った展示

ここからは、印象に残った展示物をいくつかご紹介します。

唐箕

琴似屯田歴史館資料室に展示の唐箕

唐箕は風力を利用して米などの穀物を籾・塵・穀粒に分別する農具です。
屯田兵村では明治中頃まで、屯田兵司令部からの指示により米作が禁止されていました。唐箕は恐らく、麦や雑穀の分別に使われていたのでしょう。

資料室には鎌や鋤などの農具も展示されており、慣れない農作業に悪戦苦闘したであろう士族出身の屯田兵たちの姿を想像させます。

日本刀

琴似屯田歴史館資料室に展示の日本刀

屯田兵の制度が始まった頃、その対象者は原則として士族のみでした。
そのため、資料室には屯田兵たちが所有していた日本刀がいくつか展示されています。

また「士族」と書かれた表札もみられ、これらの資料からは、屯田兵たちの武士としての誇りが感じられます。

琴似屯田兵村図

琴似屯田歴史館資料室に展示の琴似屯田兵村図

明治14~15年頃の琴似屯田兵村を描いた図です。
右上の「琴似停車場」が現在のJR琴似駅、右下の鳥居マークが琴似神社で、その間には屯田兵とその家族の住宅である兵屋が並んでいます。

ちなみに、この図から分かるように、琴似兵村の兵屋は密集して建てられていました。

屯田兵の入居を待つ琴似屯田兵村の兵屋群(北海道大学付属図書館蔵)

これは、招集や指揮監督など兵隊としての屯田兵の特性を重視した配置でしたが、開墾地が兵屋から遠く農作業に通うのに時間がかかる、隣家が近すぎて人間関係のトラブルが多いなどのデメリットがありました。

そのため琴似のあとに続く屯田兵村では、農地と各兵屋はセットで配置されるようになりました。

西南戦争従軍日記

琴似屯田歴史館資料室に展示の西南戦争従軍日記

明治10(1877)年の西南戦争では屯田兵も招集され、九州へ出征しました。

出征した琴似・山鼻の屯田兵の多くは、戊辰戦争の折に薩長軍と戦った東北の出身者でした。
そのため、彼らは西南戦争を薩長軍に対する弔い合戦と位置づけ、士気高く勇猛に戦ったと伝わっています。

資料室には従軍日記の写しや、戦死した屯田兵が戦地へ向かう途中に家族へ送った手紙など、兵士としての屯田兵の姿が垣間見える資料が展示されています。

琴似屯田歴史館資料室で学ぶ、はじまりの屯田兵の生活と想い

琴似屯田歴史館資料室の展示の様子

琴似屯田歴史館資料室は、最初の屯田兵村である琴似屯田兵村の歴史や文化を学ぶことができる施設です。

資料室に展示されている様々な資料を通して当時の生活や文化に触れる機会を得て、屯田兵の苦労や誇りを感じ、心を打たれました。

屯田の森に並ぶ石碑群
資料室横の屯田の森に立ち並ぶ石碑の数々

また、周囲には屯田の森や琴似神社、琴似屯田兵村兵屋跡など、屯田兵関連のスポットがいくつもあります。
これらのスポットも合わせて訪ねると、琴似屯田兵村の歴史がよりリアルに感じられることでしょう。

皆さんもぜひ、屯田兵の生活と想いに触れてみてください。

アクセスと開館時間

開館日;毎週水曜日(祝日、年末年始、お盆は休館)
開館時間;10時 ~ 16時 
入館料;無料
電話番号;011-614-8245(開館時間のみ対応)
アクセス;地下鉄東西線琴似駅1番出口から徒歩5分
関連HP;札幌市西区HP「歴史を語るもの」 

 

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参考文献
『さっぽろ文庫33 屯田兵』(札幌市教育委員会 編/1985年)
『屯田兵とは何か その遺勲と変遷』(有馬尚経/2020年)
「歴史の街 西区」(札幌市西区HP

  • この記事を書いた人

福島智美

札幌生まれ、札幌育ちの文学修士。学術からビジネス実務の道へ転身し、山口と共に起業する。学芸員資格者でもあり、北海道博物館での実習経験もある。本サイトでは史跡や寺社などを担当。趣味は和装とフィギュアスケート観戦。

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