資料室の展示と琴似屯田兵村について
「屯田兵発祥の地」琴似の歴史を学ぶ資料室

「琴似屯田歴史館 資料室」は、札幌市西区琴似地区の開拓の中心となった琴似屯田兵村の歴史を、数々の資料を通じて知ることができる資料室です。
資料室の周辺には琴似屯田兵村 兵屋跡など屯田兵関連の見どころが点在しており、札幌市内中心部からのアクセスが良いこともあわせて、屯田兵による札幌開拓の歴史を学ぶにはお勧めのスポットです。
なお、当面の間、開館日は毎週水曜日のみとなっているので、見学の際はご注意ください。
琴似屯田歴史館 資料室の概要

琴似屯田歴史館 資料室は、「琴似二十四軒まちづくりセンター」の2階にあります。札幌市西区役所のすぐ横で、地下鉄東西線琴似駅から徒歩5分です。
開室は屯田兵の入植から120年目に当たる平成7(1995)年で、NPO法人札幌郷土文化推進センターによって運営されています。
琴似屯田兵村に入植した屯田兵とその家族が実際に所持・使用していた農機具や生活用具、手紙などの文書、当時を伝える写真などが展示されています。
琴似地区の歴史

「琴似」という地名の語源はアイヌ語の「コッ・ネ・イ」(くぼんだ所)と言われており、明治4(1871)年に北海道開拓使によって命名されました。
なお、現在のJR琴似駅近くにあるポリテクセンター北海道の地中から、縄文時代後期から晩期(約3,700~2,300年前)の遺跡(N30遺跡)が見つかっているほか、江戸時代末期には琴似の隣の発寒地区に開拓者が移住したとの記録があります。
これらの例から、開拓使によって琴似という地名が命名されるはるか前より、この地で生活する人々が存在していたことがわかります。なおN30遺跡の出土品は札幌市埋蔵文化財センター(中央区)で見学することができます。
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N30遺跡が発見されたのはココ!


N30遺跡が発見されたのはJR琴似駅付近の「ポリテクセンター北海道」の地下です。同センターの建設にあたって、建設予定地の地下2メートル~3メートルにわたって23,500年前~2,200年前の竪穴式住居跡や土器、石器などの遺物が出土しました。
特にほぼ完全体の板状土偶が見つかったことは非常に大きな発見であり、現在もポリテクセンター北海道1階ロビーの片隅に、土偶のレプリカや発掘当時の様子などが展示されています。
琴似屯田歴史館 資料室からJR琴似駅方面へ向かって徒歩10分くらいのところにあります。

その後、明治8(1875)年に最初の屯田兵198戸が入植したことで、琴似の開拓が本格的に始まりました。
現在の琴似はJRと地下鉄の駅を中心にスーパーや飲食店などの商業施設や区役所などの公共施設の他、高層マンションを含む住宅も立ち並ぶ、札幌市内でも特に都市化が進んだ地区となっています。
屯田兵とは

琴似地区の開拓に大きく貢献した屯田兵とは、どのような人々だったのでしょうか?
屯田兵とは明治時代に北海道に配備された、平時は農業に従事し、有事には兵士として従軍する人々のことです。
その目的は北海道の開拓と北方警備、また明治維新により職を失い困窮した士族の救済も兼ねていました。

「平時は農民、有事は兵士」といっても、まずは原生林を切り拓くところから始まり、加えて定期的な軍事訓練も課せられます。
就業時間は夏期(4月~9月)は11時間、冬期(10月~翌3月)は9時間で、休日も当初は雨の日だけだったといいます。
最終的に全道で37の兵村が作られましたが、明治8(1875)年に最初の屯田兵が入植したのが琴似兵村でした。
最初の屯田兵村・琴似

当資料室のある琴似地区は屯田兵が最初に入植した地であり、屯田兵発祥の地とも言われています。
前述の通り最初の入植は明治8(1875)年で、その後、明治11(1878)年までに計208戸が入植しています。
入植した屯田兵は宮城県や福島県を中心とした東北地方出身者が大多数を占めています。
琴似兵村は最初の屯田兵村ということもあり様々な農作物を試験的に栽培していたほか、長じては後続の屯田兵村で指導的役割を果たした人材を輩出するなど、北海道の開拓に大きな役割を果たしています。
琴似屯田歴史館 資料室の展示物

資料室では屯田兵関連の資料を中心に約2,000点を収蔵しています。
開拓民としての姿を伝える農機具、日常生活を想像させる箪笥や瓶などの家具や生活用具など、琴似に入植した屯田兵とその家族が実際に所有していた品々や文書類を中心に展示されています。
また、当時の写真や屯田兵屋の模型も見られる他、関連書籍の閲覧も可能です。以下では、展示品の一部をご紹介します。
農具(唐箕~とうみ)

風力を使用して米などの穀物を籾・塵・穀粒などに分別する器具。もっとも初期の屯田兵村では開拓使の方針で米作は推奨されなかったそう。分別していたのは蕎麦や麦などだったのかもしれません。
琴似屯田兵村図

明治14~15年当時の琴似屯田兵村の図。上部「琴似停車場」が現在のJR琴似駅、下部「中隊本部」が札幌市西区役所周辺。兵屋番号が59番から始まっているのは、屯田兵村の開村前から琴似周辺に居住していた家々に1~58番をあてたためだそうです。
日本刀

屯田兵に応募できるのは原則、士族のみでした(一部例外あり。また、後年には平民の応募も可能となる)。日本刀からは士族の誇りが感じられますね。
記念館の模型

大正13(1924)年の開基50周年を記念し、琴似神社の境内に建てられた記念館の模型。屯田兵関連資料を保存・展示していたものの昭和29(1954)年に不審火により焼失してしまいました。
現在は再建を目指して活動中とのことで、その流れの中で当資料室が開設されました。
琴似屯田歴史館 資料室のまとめ

札幌市西区琴似は屯田兵が最初に入植した地であり、琴似屯田歴史館 資料室では様々な資料から、屯田兵村第一号であった琴似の開拓の歴史を多面的に学ぶことができます。
資料室の周辺には屯田兵屋や記念碑などもありますので、あわせて見学することでさらに理解を深めてみてください。
アクセスと開館時間
関連施設
札幌市西区役所前庭


資料室のある琴似二十四軒まちづくりセンターの横。琴似屯田兵村に関連する4つの碑が置かれています。