多くの施設やみどころに囲まれた自然豊かな行楽地

円山公園は札幌中心部から西側に位置する公園です。約70ヘクタールの敷地内には陸上競技場や野球場などの運動施設や動物園などがあります。
また、北海道神宮の境内や円山原始林に隣接しており、自然豊かな行楽地として多くの人々が訪れる場所となっています。
円山公園には野生の小動物がたくさん生息しています。運がよければリスに出会えるかも。

円山公園の見どころ
お花見の名所

円山公園と隣接する北海道神宮は札幌市内でも有数の桜の名所として知られています。
普段は火気厳禁の園内ですが、お花見の時季は一部区域で火の使用が解禁され、バーベキューやジンギスカンを楽しむことができます(新型コロナ感染防止対策のため、令和2年以降は火気使用の解禁なし)。
円山の桜の歴史は古く、明治8(1875)年、開拓使判官を務めた島義勇(しまよしたけ)を偲んで「札幌神社(現在の北海道神宮)」の参道に植えられた150本の桜が始まりです。
明治20年代には既に桜の名所として多くの花見客で賑わっていました。

札幌ではめずらしい杉林

地下鉄「円山公園駅」から円山動物園に向かう途中に木道が整備されていますが、その周辺は札幌近郊では珍しい杉林になっています。北海道では道南の一部を除き自生していない杉が、なぜ円山公園にあるのでしょうか?
円山公園ができる前、このあたりには開拓使の養樹園があり、北海道に適した樹木を調べるため、様々な種類の木が試験的に植えられていました。
木道周辺の杉林は、養樹園時代に植えられたものです。

円山公園では養樹園の名残として、杉の他にもサワラ(ヒノキの仲間)などの北海道に自生しない樹木がみられます。
島判官紀功碑

「北海道開拓の父」ともいわれる開拓使判官・島義勇の顕彰碑です。
島義勇は今の南一条通と大友堀(現在の創成川)が交差するところを街づくりの起点と定めるなど、札幌の街づくりの基礎を築きました。
この石碑は高さ8m・幅2.2mもあり、その大きさは島判官の功績を物語るかのようです。
円山公園に隣接する北海道神宮の境内には島義勇の像があります。

円山公園にあるいろいろな石碑(一部紹介)


岩村通俊の像

公園北側の入り口近くには、開拓史判官を務めた岩村通俊(いわむらみちとし)の銅像があります。
岩村通俊は島義勇の構想をもとに”碁盤の目”状の街割りを定めるなど札幌の街づくりに貢献し、北海道庁設置の際は初代長官となった人物です。
北海道開拓の村(野外博物館)には当時の北海道庁を復元した建物が展示されています。

ちなみにこの銅像は二代目にあたります。初代は昭和初期に大通公園に作られましたが、戦時中に武器の材料となるべく供出されて失われてしまったのです。
現在の像は北海道開拓100年を記念して、大通公園の黒田清隆像(こちらも二代目)・ケプロン像(こちらは初代)とあわせて建てられたものです。

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円山の登山道(円山八十八ヵ所)

公園の背後にたたずむ山は、標高225mの円山です。
円山は登山道が整備されており1時間ほどで頂上にたどり着ける手軽なハイキングコースとして、多くの人に親しまれています。


この登山道は大正時代に整備されたもので、その際、四国八十八ヵ所にちなんで道すがらに88体の観音像がおかれました。これは円山八十八ヵ所と呼ばれ、登山道の入り口には弘法大師(空海)を祀った太子堂も建立されています。

また、円山は「円山原始林」として国の天然記念物に指定されています。指定された区域は国有林で草木や石などを採ることは禁止されていますので、登山の際は気をつけましょう。
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円山公園とその周辺の施設
北海道神宮

円山公園に隣接する北海道神宮は、北海道開拓にあたり明治天皇の命によって定められた開拓の守護神・開拓三神を祀った神社です。現在地に社殿が建てられたのは明治4(1871)年で、当時は「札幌神社」という名称でした。
厳しい開拓にあたった移住者の心の支えとして信仰された札幌神社は、昭和39(1964)年に「北海道神宮」に名称を変更します。
初詣では北海道で最も多くの参拝者が訪れるなど、現在も北海道民の神社として親しまれています。


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札幌市円山動物園

北海道の動物園というと旭川市の旭山動物園が全国的にも有名ですが、北海道で最も長い歴史をもつ動物園は札幌市円山動物園です。
開園は昭和26(1951)年で、3種4点の動物展示からスタートしましたが、現在では約170種900点の動物が飼育されています。


冬も開園しており、道外では見る機会の少ない雪の中の動物たちの姿を見ることができます。
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円山総合運動場
公園内の「円山総合運動場」には、様々な運動施設があります。
円山球場

北海道のアマチュア野球のメッカである公式野球場です。観客席の収容人数は25,000人で、札幌ドームができる前はプロ野球の試合も行われていました。
円山競技場

一周400mのトラックを持つ競技場で、陸上の公式競技大会や市民・学校の競技大会が行われるほか、個人での利用も可能です。また、1月初旬から2月上旬は屋外スケート場として開放され、スケート靴の貸し出しも行われています(有料)。
円山庭球場

円山競技場の北側に隣接する、計12面の全天候型ソフトテニスコートで、夜間照明や観客席も整備されています。
円山公園の歴史
円山養樹園から円山公園に(明治時代)

円山公園が開園したのは明治42(1909)年です。
遡ること明治13(1880)年、開拓使がこの地に養樹園を設けます。前述しましたが、養樹園では道外に自生する樹木の試験育成が行われていました。
明治19(1886)年には公園予定地となりましたが、実際に公園として整備が始まったのは明治34(1901)年に養樹園が旭川に移転してからのことです。
明治41(1908)年、大通公園や中島公園と同じく長岡安平(ながおかやすへい)により公園の設計が行われ、本格的な整備を経て翌年の開園となりました。
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大正時代以降の円山公園

大正時代には隣接する円山に登山道が整備され公園と円山の一体化が進み、公園まで電車が開通し、行楽地として更に多くの人々が訪れるようになります。また、円山原始林が国の天然記念物に指定されたのもこの頃です。
一方で昭和9(1934)年には陸上競技場・野球場・テニスコートができ、市民が気軽にスポーツを楽しめる場所としても整備されていきました。
太平洋戦争後には円山動物園が開園し、水遊びができる遊水路が整備されるなど、家族連れも楽しめる公園となっています。
古くから市民に親しまれてきた円山公園

円山公園は明治時代からお花見の名所として知られるなど、古くから行楽地として市民に親しまれてきました。
自然豊かな園内やその周辺には多くの施設やみどころがあり、子供から大人まで様々な楽しみ方ができる場所となっていますので、札幌にお越しの際はぜひ足を運んでみてください。
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