路面電車に乗って沿線を探訪する
市電の路線図
札幌市の大通公園以南から山鼻地区にかけて通称「市電」と呼ばれる路面電車が走っている。総延長9キロ弱の市電はほぼ長方形状に循環運行しており、路線には24ヶ所の停留場があって沿線住民にとって日常生活に不可欠な交通インフラとなっている。
循環路線は外回りと内回りの2系統あり電車は互いに反対方向におよそ5〜8分おきに発車している。始発は6時頃、終発は22時50分ころとなっていて、沿線の最寄りの地下鉄やバスなどに乗り継ぐことで不自由なく札幌市内を移動できる。
札幌市交通事業振興公社では路線を運行している各車両の現在位置をスマホなどでリアルタイムでチェックできる市電Naviサービスを行っている。
市電の料金・割引サービス
市電の料金は乗車地や降車地にかかわらず大人200円、こども100円の一律料金となっている。地下鉄乗継であれば1区までなら大人330円、こども160円とリーズナブルな料金設定は一般庶民にはありがたい。
他にも家族同伴割引、福祉割引、1日乗車券、どさんこパス(土日祝祭日専用で家族セットの1日乗車券)などの割引サービスも行っており、紙の切符以外に交通系ICカードやスマホアプリなどでも利用することができる。
札幌市24時間乗車券はジョルダンの乗換案内アプリを利用したモバイル乗車券で使用開始後24時間は市電乗り放題となる。沿線のもいわ山ロープウェイ、豊平館、さっぽろテレビ塔で利用できるデジタルクーポンもあり。
沿線のみどころスポット5選
三吉神社(西8丁目停留場)
明治11年に創建された札幌市内では古い歴史をもつ神社。藤原三吉神や金刀比羅宮など商売繁盛の神様が祀られているのでビジネス出張の折にはぜひ立ち寄りたい。地元では三吉(さんきち)さんの名で親しまれている。
ノルベサノリヤ(すすきの停留場)
ノルベサはおよそ40店のアミューズメント施設や飲食店などが入居している複合型商業ビルで屋上にある観覧車ノリヤは地上78メートルを10分で一周する。料金もリーズナブルで手軽に札幌空中散歩を楽しめる。
中島公園(中島公園通停留場)
中島公園は札幌市中心部に近く東京ドーム5個分の広大な敷地には市民コンサートホールや文学館、国の重要文化財に指定された豊平館や八窓庵がある。桜と紅葉の名所としても知られており例年たくさんの観光客で賑わう。
札幌市埋蔵文化財センター(中央図書館前停留場)
札幌市埋蔵文化財センターは札幌市中央図書館に隣接する博物館で札幌市内で発掘された縄文時代の時や石器などが展示されている。昔の札幌は豊かな自然の恵みにより弥生時代には移行せず独自の縄文時代が長く続いた。
さっぽろ藻岩山ロープウェイ(ロープウェイ入口停留場)
札幌市内の眺望スポットではもっとも高所にある展望台で、ロープウェイとミニケーブルカーを乗り継いで山頂までゆく。標高531メートルからの眺めは絶景の一言。ブッダの分骨が納骨されている平和の塔もある。
札幌市電のあゆみ
軌道馬車から電車へ
札幌市電は市街地造成のため石切山で切り出した石材を札幌中心部に運搬するために明治42年(1909年)に設立された札幌石材馬車鉄道株式会社がはじまりである。
明治45年(1912年)に社名を札幌市街馬車軌道株式会社に改めて札幌市内の主要地域に軌道を拡張。大正6年(1917年)には客車を30台擁し、事業内容を貨物輸送から旅客輸送にシフトして後の路面電車の基礎ができた。
大正7年(1918年)に札幌市で北海道開基50周年記念として北海道大博覧会が開催されることとなり、社名を札幌電気軌道株式会社として前近代的な軌道馬車の運行を終え、本格的な路面電車の時代に入ってゆく。
戦後復興からの市電最盛期
路面電車が札幌市民にとって日常生活に欠かせない重要な交通インフラになってゆくと、昭和2年(1927年)に札幌市が札幌電気軌道株式会社を買収して路面電車事業を市営化し、札幌市電気局(昭和22年に札幌市交通局に改称)に運用が移管される。
以後は路線の拡張や電車の増車など、路面電車事業は拡大期を迎えるものの、太平洋戦争の勃発によって運転手や車掌が徴兵されたり、物資不足で車両や路線の保守がままならないといった、札幌市電にとっては暗黒の時代を経験する。
終戦後に市民生活が概ね復旧して昭和30年代に日本経済が高度成長期に入り、また札幌周辺の町村が札幌市に編入されたりしたことによって人口が急増したため、それに対応すべく札幌市電は総延長25kmになり、1日あたり28万人の旅客輸送を行うまでになった。
モータリゼーションと地下鉄開業
モータリゼーションの進展によって市民の主要な交通手段がバスやマイカーにとって替わられ、また札幌冬季オリンピックに合わせて昭和46年(1971年)に地下鉄南北線が、昭和51年(1976年)に東西線が開業したことから札幌市電の路線は徐々に縮小する。
市電と地下鉄の路線に競合区間があることから「市電の利用者が半減するのではないか?」との推測もあって市電の廃止も検討されていたが、沿線住民からの強い要望や1日平均4万人弱の利用ニーズが見込めるとの調査結果により札幌市電は恒久的に存続することとなった。
すでに事業廃止の方向で老朽化したまま運用されていた車両や路線は市電の存続決定によって急遽改修が行われ、昭和60年代(1985〜1987年)には新造車両も順次投入される。
念願の路線ループ化実現
平成13年(2001年)に札幌市電は函館市電とともに北海道遺産に選定された。また平成24年(2012年)から平成30年(2018年)にかけて低床で冷房完備の新型車両が3両就役した。
そして平成27年(2015年)に西4丁目停留場とすすきの停留場との区間が接続されて札幌市電は完全ループ化し、また狸小路停留場については従来の中央分離帯方式からサイドリザベーション(歩道に隣接)方式に改められ利便性が増した。
今後本格的な高齢社会を迎えるにあたり市内中心部のバリアフリー化や公共インフラの維持コストなどの課題を具体的に考えてゆかねばならないが、地下鉄よりも低コストで運用できて歩行の困難なお年寄りに優しい市電は今後ますます存在感を増してゆくだろう。
市電ギャラリー
主な運行車両
210形
幌南(こうなん)小学校前停留場付近の歩道橋下をゆく214号車。210形は初めて札幌で建造された車両で、電気系統はバイクのものを流用。
240形
静修学園前停留場付近を乗用車と並走する244号車。建造は昭和36年(1961年)で車体は昭和33年(1958年)式の210形と同じ。
3300形
電車事業所の車庫にて出庫待ちの3305号車。3300形はスクエアなヘッドライトが特徴で、現在最も多く運行している車両のひとつ。
8500形
すすきの停留場から発車しようとする8512号車。札幌市電存続が決定し、1985年から川崎重工業により新造を再開した車両。
A1200形
西4丁目停留場からすすきの停留場へ向かう3両編成のA1200形。現在2両が運行しており、愛称は「ポラリス」。夏の暑さも冷房完備で快適。
1100形
石山通停留場付近の交差点にて。札幌市電の現役車両の中では最新鋭の車両であり愛称はシリウス。ポラリスの1両編成バージョンである。
雪形(RB式電動除雪車)
電車事業所を出て除雪に向かう雪形。フロントに取り付けられたササラで軌道上に積もった雪を吹き飛ばして市電の安全運行を支える。
ユニークな車両
札幌市電リバイバルカラー
243号車は初の札幌製造車両。有志がクラファンで資金を調達して昭和35年当時の塗装を復刻。令和6年5月の退役を控え有終の美を飾る。
雪ミク電車
中央図書館前停留場で遭遇した初音ミクラッピングの車両。初音ミクは札幌のメディア系企業のボーカロイドで車内アナウンスは初音ミクボイス。
白いブラックサンダー号
ブラックサンダーは有楽製菓株式会社のチョコレート菓子で累計販売数1億本超えのベストセラー商品である。白いブラックサンダーは札幌工場限定。
ひよどり電車文庫(西区西野)
発寒川緑地沿いの民家に庭に設置された退役電車で現在は近隣の子供達のための私設図書館として活用されている。元は330形で札幌市が寄贈。
幌北車庫跡(北区北24条)
地下鉄南北線が開通する前は北24条まで市電が運行していた。地元商店街の働きかけで退役した248号車を旧幌北車庫跡に設置した。
数字でみる札幌市電
全国売上高ランキング
日本国内では20路線ちかくの路面電車が公営・民営により運行されており、国土交通省の統計によると札幌市電の売上高(営業収益)は13億6千2百万円で全国ランキング10位となっている。
年間営業距離ランキング
延日キロ数とは営業キロ数(営業中している路線の距離)に年間営業日数を乗じたものであり、簡単にいえば年間総運行距離のことである。延日キロ数では札幌市電は全国13位の3,259km。路線の総延長が8.9km✕営業日数365日=3,248なので妥当な数字。
収益性ランキング
収益性指数は減価償却前の営業指数(100円の運賃を稼ぐために要するコスト)から運賃100円を控除した数値で、運賃100円の場合の採算性を表す。札幌市電は3.2円の黒字だが裏返せば利益率3.2%の薄利体質ということでもある。
札幌の路面電車まとめ
日本の地方都市では公共インフラの老朽化と改修のための財源不足が問題となっている。高齢化と人口減少の進む札幌市においてもこの問題は同様であり、特に冬の市民生活を支えてきた地下鉄と地下街の老朽化への対応についてもっと活発な議論が交わされる必要がある。
一方で平日であれば5~7分間隔でやってきて2~3分おきに各停留場に停車する市電は、手軽な料金と利用システムのシンプルさもあってとても利便性の高い公共交通手段である。さらに地上と地階の往来も不要なので足腰の弱った高齢者にも易しい。
旅客輸送の素人が意見具申などおこがましいことは百も承知しているが、たとえば運行路線の拡充、停留場のバリアフリー化、宅配輸送および宅配ボックスの設置、ポロクル乗り入れなど高機能化を進め、次世代の主力交通インフラとして位置づけてはどうだろうか?